きみを奏でる僕の指先。
「…引きずってる?
…やめてよ、そんなことあるわけないじゃない」
私は静かに言った。
だけど身体の奥から沸々と、怒りにも似た感情が沸き立ってくる。
「あんな、教師としても最低な人を、今でも好きなわけないでしょう?
…あの人、私と付き合っていながら女子生徒に手を出したのよ?
挙句の果てに妊娠までさせて…
…信じられない。
最低の人間よ」
当時普通科に通っていた3年の女子生徒が、その1ヶ月前に突然退学したいと申し出た。
彼女は私も知る限り真面目で成績も優秀な生徒で、教師たちは揃って彼女の退学を反対した。
理由を聞いても最初は“自己都合”の一点張りで、
それじゃ納得出来る訳がないと、担任の男性教師があまりにもしつこく問いただすと、
“妊娠した、生むことに決めた”と言った。
父親が誰だとか、親御さんは知っているのかの問いには一切答えず、彼女はそのまま退学した。
…その子どもの父親は、
数学教師である彼だった。
彼はそれを自ら校長に告げ、すぐさまこの高校を辞職させられた。
彼が何と説明したのかは、私は知らない。
校内に混乱を招くからと、生徒たちには“家庭の事情で実家に帰った”と説明した。
あまりにも突然にいろんなことが起き過ぎて、私は信じられなかった。
私と彼が恋人同士だと知っていた同僚は、何と声をかけていいのか分からず、当たり障りなく私を励ました。