きみを奏でる僕の指先。

ーーーーーー…



「…ねぇ先生…幸せ?」



彼はもう一度、私に問いかける。


変わらないまっすぐな瞳で、私を見つめる。


彼が卒業して1年という時が過ぎ、



あの日、私はもう振り向かないと決めた。




「…ええ、幸せよ。


深谷君は?

大学で彼女出来た?

深谷君はモテるから、女の子たちがほっとかないでしょう」


私は唇を噛みしめると、努めて明るく言った。



彼が私の幸せを願ってくれたように、


私も彼の幸せを願った。



もうあの優しい音色を聴くことはなくても、



この世界のどこかで、彼のピアノが響き渡っていればそれで良い。


私の耳には届かなくとも、



彼が、


ありのままの彼が、



あの優しく繊細なメロディを、奏でていられますように。


彼の奏でる音が、多くの人の心に届きますように。



そう願った。







「…彼女なんて出来るわけないよ。


だって僕は、こいつが恋人みたいなものだから」


そう言って彼は、ピアノに目配せした。

私は思わず吹き出す。


「ふふっ、そうかもね」


「そんな笑わなくたっていいじゃん」


「ごめん、だって…」






彼の指が、私の頬に触れる。


その途端に、心臓がキュッと掴まれたようだった。








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