きみを奏でる僕の指先。
1年前、彼はこの高校の生徒だった。
この高校が特に力を入れている特別進学科に在籍しており、普通科専任の私が直接彼を受け持ったことはない。
頭脳明晰、成績優秀なのはもちろん、
彼はピアノの腕に長けていた。
母親が有名な元ピアニストだとかで、今はピアノ教室の講師をしているらしい。
そんな家庭に生まれ、彼も物心ついた時からピアノを弾いていたそうだ。
学校の行事や音楽祭では、彼は1年の頃からピアノを披露していた。
入学した時から、この高校ではちょっとした有名人。
教師たちも彼の話をよくしていた。
だから私も、接点はなくとも彼のことを知ってはいた。
だけど一生、関わることもないと思っていた。
……あの日、この音楽室で出会うまでは。
「…先生、少し痩せた?」
彼がそっと、私の顔を覗き込む。
色素の薄い、髪が揺れる。
「ふ、深谷君こそ、痩せたんじゃない?
大学はどう?音楽科ならいろいろ大変でしょう」
彼は卒業後、東京の音楽大学へ進学した。
あれから1年。
1年も経ったというのに、一気にあの頃へと引き戻されて行くようだ。