きみを奏でる僕の指先。
「…うん、まぁそれなりにね。
でも、自分で決めたことだし。
やっぱり僕には、これしかないから」
そう言って彼はピアノに目を向けた。
3年前の夏。
彼がこの高校の2年生だった頃。
放課後、私が校内の見回りをしていると、
この音楽室からピアノが聴こえてきた。
それはとても優しい音色で、私はその音色に誘われるかのように音楽室へ向かった。
「下校の時間はとっくに過ぎてるわよ。
早く帰りなさい、特進科の深谷瑞希君」
私は嫌味を込めて言った。
彼が特進科だろうが、私が普通科専任だろうが、
周りが彼をちやほやしようと、私が彼を特別扱いするつもりは全くなかった。
「ここは普通科の音楽室よ?
特進科にも音楽室はあるでしょう。
確か大嶋先生のクラスよね?
大嶋先生に言えば、あなたなら音楽室くらい使わせてもらえるんじゃない?」
私は不機嫌そうに言った。
せっかく何事もなく見回りを終えれると思ったのに、とんだ厄介者が現れたものだ。
まぁ彼だったら、報告した所で他の教師も何も言わないとは思うけれど。