きみを奏でる僕の指先。


それ以来彼は毎日のように、放課後になると普通科の音楽室へピアノを弾きに来た。



そして私はいつも、

音楽室の鍵を締める名目で、彼がピアノを弾き終わるまでそこに居る。




彼のピアノを、私は黙って聴く。


会話らしい会話など、ほとんどした記憶がない。



…だけど彼のピアノは、彼自身を表現しているようだった。


優しく繊細で、時に荒々しい。


綺麗なだけのその容姿からは想像もつかないような、

激しさを持ち合わせているのではないかと私は想像した。



「吉井先生、何か好きな曲ありますか?」


ある日、突然彼がそう聞いた。


「リクエストあれば、弾きますよ。

いつも聴くばかりじゃつまらないでしょう。

吉井先生が聴きたい曲、何かないですか?」


「え……」


そう言われて、私は必死で頭を巡らした。

彼が弾く曲すら聴いたことないものばかりで、

音楽など詳しくないから、曲名などとっさに思い浮かばなかった。



「そんな、急に言われても…私、音楽とか普段聴かないもの…」


「ははっ、そうだと思った。

じゃあ…この曲、吉井先生に贈ります」



そう言って、彼は曲を弾き始めた。


細く長い指から、繊細なメロディを奏でる。


それはやっぱり聴いた事もない曲で、


だけど優しく私の心に響き渡った。







…気付いたら、私の瞳から涙が流れた。


心の奥から溢れるかのように、波は止まることなく流れた。



…絶対、涙など流さない。


“あの日”、私はそう自分に誓った。




泣きたくなんかないのに…


涙なんか流したくないのに…



どうして………









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