きみを奏でる僕の指先。
「…でも、今みたいに泣くのも大切だと思いますよ」
彼の声にハッとした。
思い出したくない残像を振り払う。
「何か悲しいことを思い出して泣いたんでしょ?
我慢は身体に良くないし、
大人だろうが、たまには子どもみたいに声をあげて泣いたって、良いと思いますけど僕は」
…悲しいんじゃない。
悲しいとかさみしいとか、そんな感情なんてない。
あるのは、絶望と憎悪。
あんな男のために泣きたくない。
涙など流したくない。
…いや、実際今まで流れなかったのだ。
だからどうして、突然涙が流れたのか不思議だった。
不幸になればいい。
周りの目を気にしながら、一生後ろめたさを抱えて生きていけばいい。
いっそ心中でもすればいいって…
そんなことばかり考えて、
私は自分の感情に、蓋をしてきたのだから。
「明日は、もっと楽しい曲を弾くよ」
「え?」
私が音楽室の鍵を締める横で、彼はそう言った。
「もっと明るくて、思わず踊りたくなるような…
うーん、何が良いかなぁ…」
「良いわよ、どうせ曲名もわからないし。それに、私踊れないから」
私はなんだか可笑しくなって笑った。
彼の前で泣いてしまったのは不覚だったけれど、
彼は私の涙の理由を深くは聞いてはこなかった。
もしかしたら、知っているのかもしれない。
知っているからこそ、何も聞かずにいてくれたのかもしれない。
…同情なんていらない。
だけど、彼の奏でる音はやっぱり優しくて、
彼の腕は思ってた以上に暖かくて…
私は何故か、また涙が出そうになった。