大切なもの
まだ真っ直ぐな瞳で俺を見つめるそいつを見てから、静かに最後の言葉を紡いだ。
「…来月、留学決まったから。お前。綾香頼んだぞ」
精一杯でそう言えば、目頭が熱くなった。
下を向いてた綾香は一瞬だけ不細工な泣き顔で俺の顔を見ると、すぐに地べたに座り込んで、声を必死で押し殺して泣き出した。
――綾香、愛してた。
俺はお前が幸せであれば、それで良いんだ。
もうしばらくは会う事もない。抱き締めてやる事もないけど。
お前の幸せを願う事だけは出来る。
頼むから、泣くな――。
そう言ってやりたい衝動を抑えてから、後ろを振り返ってから綾香の嗚咽を聞きながらその場を去った。
【完】