翡翠幻想
県令の命令
 実際、それから男が現れることは無かった。

 梅花は盛りを迎え、あちらこちらで芳香を風に乗せている。

 番の目白鳥がやってきては、かわいらしげに花の蜜を吸う。

 貧しい者たちも、春を迎えると気分が浮き立つ。

 薄い寝具でも凍えることが無くなり、薪の減りが緩やかになれば、わずかなりと生活が楽になるのだった。

 珠明と桂桂の姉弟も、相変わらず叔父夫婦から奴婢のように扱われる日々ではあったが、それなりに満ち足りた生活を送っていた。

 あの不思議な男が癒して以来、珠明は体調を崩すことが無くなった。

 桂桂は叔父夫婦の目を盗んでは、小さな布袋から翡翠を取り出し、眺めるのが日課になっている。

 しかし、そんな二人のささやかな幸福は、ある日突然打ち壊された。

「県令さまの側女に……わたくしがですか」

 機織をしているところを急に叔母に呼び立てられ、役人であるという男に引き合わせられたのだ。
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