翡翠幻想
 その様子を見た女官に叱られることが何度かあったが、おかげで県令の側に侍らずに済んでいた。

 だが、それも昨夜までの話。

 痺れを切らした県令が、珠明に寝所へ来るよう、命令を通達してきたのだ。


 かちゃ、と扉の開く音がした。

 ぼんやりと其方の方へ視線をやり、珠明は驚きに目を瞠った。

「県令さま……!」

 それは確かに、この県府についたときに一度だけ見た県令だった。

 顔は意外にそれほど酷い作りではないのだが、なにしろ肥満体を趣味の悪いぎらぎらとした袍に包んでいるものだか、目も当てられない。

「おお、よいよい。迎えるには及ばぬ。儂から、そちの元へ行こうぞ」

 色欲の滾った声音に、珠明は悪寒を感じて身震いした。

「お仕事はどうなされました……何故……お目に掛かるのは夜ではなかったのですか」

 狼狽えながらも、何とかこの場を逃げられはしないかと、珠明は言い募った。

「夜が待ちきれなくての。何、昼だろうが夜だろうが、大した差ではない」
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