翡翠幻想
 とうとう、牀の側まで来た男の醜い手が、珠明へ向かって伸ばされる。

 咄嗟に体を縮めたため、男は珠明の足ではなく、絹衣の裾を掴むことになった。

「ふむ、多少やつれているが、それがまたよいな。美しい顔をしているではないか」

「お許しくださいまし……」

「そう怯えるな。よいか、お前は儂の側女なのだぞ。逆らえば、お前を送り出した郷の者どもも、ただではおかぬぞ」

 猫撫で声で成された恫喝に、珠明は全身が強張った。


(桂桂……!)


 そのとき、前触れも無く突風が室内に吹き荒れた。


「な、なんじゃ……っ」

 県令の体が、牀から吹き飛ばされて壁に打ち付けられる。

 痛みの中で、彼は屋根がごっそりとなくなっているのを見た。

「これは、一体……」

 どういうわけか珠明の周りだけが、何の異変も無く静かなのである。

 あまりのことに珠明が呆然としていると、耳慣れた声が響いた。
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