『若恋』若恋編
携帯で前広の名を叫ぶ。
「正面に前広。異常は見つかりません。裏口は拓也が詰めてます」
「な、?」
人の出入りはない。
外からの侵入はない。
「きゃ、」
悲鳴を上げた口を塞がれたような声音が途中で消えた。
何があった?
隣の成田の女の部屋のドアを開ける。
薄暗さの中、微かな血が床に擦りついているのが見えた。
窓には夜風に揺れるカーテン。
いない?
成田の女の姿がない。
はっ、としてりおの部屋に慌てて引き返す。
「りお、無事か?」
「うん、あの。ぽぽちゃんは?」
りおの寝ている部屋には誰かが侵入した形跡もない。
「成田の女か、ああ大丈夫だ。躓いて点滴棒ごと転んだだけだった」
りおに動揺を与えたくないばかりに隣の部屋で起きていたことを隠した。
「そう。ならよかった。ケガしなかったかなあ」
「ちょっとした打ち身かかすり傷くらいだろ」
「ぽぽちゃんて、そそっかしいみたい」
クスクスとりおが笑った。