桜の咲く頃に
「そういう訳で連絡の取りようもないんだよ。警察に捜索願も出てるんだけど、事件や事故に巻き込まれたり、自殺の可能性がなきゃ、警察も捜してくれないんだって。それで、親御さんは、行方不明者捜索を支援してるサイトでも情報提供を呼び掛けてるんだけど、まだ何の進展もなくて……ごく普通のサラリーマン家庭で空家賃を払い続けるほど余裕もないし、いっそのことマンション引き払おうかどうしようか迷ってたときに、あなたのお姉さんが現れたって訳よ。友だちに住んでてもらえりゃ、万が一ひょっこり帰ってこられても、円満に出ていってもらえるってことで、大家さんも契約者と違う人が住んでもいいことにしたんだ」
「あ、姉は古宮さんの友だちだったんですか? 道理で古宮さんの家財道具もそのまま残ってるんですね」
「そういうこと。二人でワンルームはちょっと狭いかもしれないけど、姉妹だから仲良くやってね」
 姉妹? 二人で?
 阿梨沙は心の中で繰り返した。
 遠ざかっていく阿梨沙の後姿を目で追いながら、管理人はふわりと甘い香水の残り香を味わっていた。

 またかあ……。
 アクセスした覚えのないサイトが、知らないうちにお気に入りに追加されている。サイトアクセス履歴を見ても、身に覚えのないサイトが並んでいる。
 自分が部屋にいない間に、また「お姉さん」がネットやってるのかしら?
 メールチェックをしたり、オークションを見たり、明日の天気予報を調べたりしていると、寄せては引いていくような眠気の波が襲ってきた。
 瞼が閉じてしまわないうちに、ネットのタブを閉じようとした瞬間、朝耳にした苗字がふと頭に浮かんだ。
 もしかして……。
「行方不明者捜索」で検索を始める。検索結果一覧の一番上に表示されている、「行方不明者検索チャンネル」を開く。
 やっぱり行方不明者の捜索をサポートしてるサイトがあったんだ!
 ゆっくりページスクロールしながら、失踪者の写真を眺める。
 写真の下に名前が出ている。
 あれ、これかもしれない。他に同姓の人はいない。
 写真をクリックすると、詳細情報が現れた。
 失踪時期も管理人の言った通り1ヶ月前だ。失踪地域も合っている。
 こんなに簡単に見つかるなんて信じられない……。
「古宮翔太」という若者は、ぱっちりとした二重瞼で、鼻筋が通っている。
 ちょっとしたイケメンだ。
 もしまだどこかで生きてたら、いつか会ってみたいな。こんな男となら、満開の桜並木の下を二人で並んで歩くのも悪くない。
 阿梨沙の脳裏には、大学の正門から本部事務局の建物まで続く並木道が浮かんでいた。 
 写真に見とれていると、なぜか遺影写真を見ているような錯覚に襲われた。
 怖くなって、慌ててパソコンを終了させた。
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