桜の咲く頃に
「さて、次はゴスロリギャルのクイーンクリムゾンちゃん」
 真っ白な顔に目の周りが黒いメイクの女の子が、みんなが見ている前で、ウエストに大きいリボンの付いた黒いコートのボタンを外し始めている。
 脱ぎ終わったコートを近くの木の枝に掛けると、レースとフリルで飾られた白のブラウスの左袖を捲り上げる。
 その手首にみんなの視線が集中する。
 同じところを何度も切っていたらしく、傷と傷が重なり合って、腕がぼこぼこになっている。
「でも、リストカッターって自分の体傷つけてるだけで、死にそうで死なないんだよね」
 コールドブラッドが容赦なく言い放つ。
「ピンポーン! 正解! 死ぬ勇気もないけど、生きる気力もない。切ったとき、何だか救われるような気がしただけだよ」
 クイーンクリムゾンは、なぜか吹っ切れたような明るい表情を浮かべている。
「さて、トリを努めるのは、今夜初参加の小悪魔ギャルのチェリーフラワーちゃん」
 フード付き豹柄ファーコートを羽織った、盛り髪ギャルが、悪戯っぽく笑顔を振りまく。
 下に着ている黒いワンピースの大きく開いた胸元で、三連のゴールドチェーンがきらきらと揺れる。
 どう見ても、自殺とは縁がなさそうな感じだ。こんなところで何をしているんだろう? ただ、肌が透き通るように白いのが気になるけど……。
 困惑するウインドライダーの目の前で、長くて濃いまつ毛を揺らせながら、ちらりちらりと視線を送ってくる。
 その瞳は死なないでと訴えているようだ。
「お別れの時が来ました。もうそろそろ夜の帳が下りてくるから、急ぎましょう。みなさん杯を持ってください。今夜旅立つ人たちの成仏を祈って」
 メリーラムが一人一人の杯にペットボトルの水を注いで回り、全員同時に静かに飲み干す。一杯だけじゃ渇き切った喉を潤すのに足りるはずもないが……。
「じゃあ、今夜逝く人は一歩前へどうぞ」
 メリーラムの一言で、緊迫した空気が辺りに流れる。  
 コールドブラッドとクイーンクリムゾンが無言で滝の落ち口へ一歩一歩、ゆっくりと足を進める。
 クイーンクリムゾンは倒れた木に腰掛け、編み上げブーツの紐を解き始める。
 死人のように白く塗られた顔の中で、黒い唇の端に笑みが浮かんでいる。
 コールドブラッドは、震える手でブラックのピーコートを脱いで、ハングマンに向かって投げる。脱いだハイカットスニーカーはきちんと揃えて、落ち口に立つ。
 激流が水しぶきを上げながら、はるか下方へ落ちていく様子が、月明かりの中でぼんやりと見て取れた。
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