桜の咲く頃に
 この高さから飛び込んで死なない奴なんかいない。
 コールドブラッドは心臓が凍りつきそうな戦慄を覚えた。
 クイーンクリムゾンが横に並んだ。
 コールドブラッドの全身からすーっと血の気が引いていく。
 時が止まったかのように空間が張りつめる。
 手を繋いだ二人の横顔を、ウインドライダーとチェリーフラワーが恐る恐る盗み見る。
 そこにあったのは死を決意した人間の目だった。
 凍てつく滝壺に飛び込もうとしている二人の恐怖が、残される二人の全身に染み渡って
いく。
 次の瞬間、絹を裂くようなクイーンクリムゾンの絶叫が、滝の流れ落ちる轟音にかき消された。  
 二人の姿は滝壺に吸い込まれていった。
 残された二人は放心状態でその場に立ちすくんだ。
 どんな気持ちで死んでいったんだろう?
 ウインドライダーは胸が締め付けられる思いがした。
「じゃ、そろそろ帰りましょうか? ぐずぐずしてると気温もぐっと下がってくるから……」
 メリーラムの少しばかりハスキーな声に、はっと自分を取り戻す。
 ハングマンも何事もなかったかのように帰り仕度を始めている。
 何度も何度も人が死ぬ場面に立ち会ってきたから、人間らしい心を失ってしまったのだろうか? あんなことがあった後で、平然としていられるなんて……。
 そんなことに思いを馳せながら、ウインドライダーは、車椅子を押してくれるチェリーフラワーから漂ってくる、濃密な薔薇の香りに酔いしれていた。
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