桜の咲く頃に

恋路 1月29日

 ウインドライダーは、車椅子の生活になってから出かけることがめっきり少なくなった。
 チェリーフラワーに出会っていなければ、おそらく訪れることもなかっただろう地区は、市の中心部を挟んで反対側にあった。古風な街並みの残る地域らしい。
 地下鉄を乗り継いで40分。「白川」という駅で降りる。
 初めての駅なので不安で一杯だったが、誰の手も借りることもなく、ホームの端のエレベーターに乗り、シースルー改札を出て、地上に出ることができた。
 駅を出て信号を渡ると、商店街の入り口にいた。
 陽が傾き始め、気温も下がり出している。
 行き交う買物客の中を縫うように進んでいくと、あちらこちらから威勢のいい掛け声が響き、食欲をそそるいい香りが漂ってくる。何だか自分まで家路を急いでいるような気分になってきた。
 チェリーフラワーからかなり長い商店街だとは聞いていたが、どこまで行っても果てしなく続く。途中に神社があったが、色褪せた朱色の鳥居を横目に通り過ぎる。三つ目の信号を渡って、疲れを感じながらも車椅子をこぎ続けると、ようやく終わりが見えてきた。
 あ、ここだ! 驚かしてやろうと思って突然訪ねてきたけど、いるかなあ? 
 それにしてもなかなかレトロな感じの店構えだ。近所に美容室、ベーカリーカフェ、レストランなど洒落た店が多い中で、ここだけ空間が切り離されたような雰囲気だ。
 商店街の終わりの方にある和菓子屋の前に止まって、ウインドライダーは一瞬戸惑ってしまった。
 意を決して紺色ののれんをくぐりガラガラと引き戸を開けると、妙に生暖かい空気が流れてきた。何だかいやな予感がする。
「いらっしゃーい!」
 年配の男女が気味が悪いほどにこやかな笑みを浮かべて、迎えてくれた。
 こじんまりとしたガラスのショーケースには和菓子が行儀良く並んでいる。
「あの~、麗香さんはいますか? オフ会で知り合った者ですが……」
「あ、そう。おーい、麗香、お客さん」 
 店主らしきおやじが大声で呼ぶと、奥の方から濃密な薔薇の香りが漂ってきた。
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