桜の咲く頃に
「あ、訪ねてきてくれたんだー」
 チェリーフラワーの顔から思わず笑みがこぼれる。
「お、振袖かあ」
 そう言うウインドライダーの口元が緩んでいる。
「あたし新成人だから、親が奮発して買ってくれたんだ。振り袖って元々あまり普段に着るような着物じゃないんだけど、家にいるときは店の手伝いしてるから……」
 チェリーフラワーは照れくさそうに微笑んだ。
「あ、そうか。看板娘みたいなもんだな。あ、それでチェリーフラワーって二十歳になったんだー」
「それが、まだ誕生日までには日があるんだけど……」
「あ、そっか。じゃあ二十歳の誕生日を一緒にお祝いしようよ」
 ウインドライダーの顔にぎこちない笑みが浮かぶ。
「……ありがとう。ねえ、あたしこう見えても一応着付け教室通ったことあるから、今日も一人で着れたんだよー」
 そう言い終わらないうちに、くるりと回って見せた。
 黒地に白と淡いピンクの桜の花びらが舞っている。帯も淡いピンクで、黒い草履の鼻緒にも白い桜の模様が入っている。髪飾りも桜をデザインした物だ。
 ウインドライダーは、すっと視線を外して、照れくさそうにぼそりと言う。
「正直言って、入るのにちょっと勇気がいったよ。俺和菓子なんて食べないから……」
「食べず嫌いじゃないのかなあ? この季節の和菓子っていえば、やっぱ桜餅かな? 取って置きのやつ食べてってよ。うちのはあんがさっぱりしてるから、何個でも食べたくなるよ」
 チェリーフラワーの長いまつ毛の下の大きな瞳が妖しい光を放っている。
 勧められるままに塩漬けの葉ごと淡いピンク色の皮をほおばると、優しい桜の香りが口いっぱいに広がった。
「おいしいね! 葉もやわらかい!」
「その葉はある特別な桜の木から取ってくるんだって……よくは知らないんだけど……」
「チェリーフラワーは食べないの?」
 二つ目を取って、ウインドライダーは不思議そうな顔をしている。
「あたしは……」
 その時おやじは、ウインドライダーに気付かれないように、チェリーフラワーに向かってそっと目配せした。
「じゃ、ちょっとそこまで行こう。ここじゃ落ち着いて話もできないし……」
「え、出かけるの? 君が言うから夕暮れ時に来たけど、最近、こんな時間帯に出歩いたことないよ」
 戸惑うウインドライダーを気にも留めず、チェリーフラワーは淡いピンク色のファーショールを羽織っている。ふわふわしていて暖かそうだ。

 
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