桜の咲く頃に

里緒奈 4月4日

 今何時だろう? もうそろそろ起きる時間かなあ?
 幾度となく浅い眠りを繰り返していた里緒奈は、カーテンの隙間から洩れてくる陽の光に耐え切れず、遂にベッドから起き上がる。     
 一体何時に帰宅したんだろう?
 完全に記憶が飛んでいる。
 どこから引っ張り出してきたのか、こういう時に限って着ている、黒のキャミを見て苦笑する。
 寝る前にカーテンがちゃんと閉まっていなかったことが幸いした。
 目覚まし時計をセットし忘れたんだから、もっと遅くまで寝ていてもおかしくない。
 トイレであくびをしながら鏡の中を覗き込む。
 やっぱり……。
 蒼白を通り越して真っ白な顔が、歪んだ笑みを浮かべていた。
 できることなら、ベッドに戻って、布団に潜り込んでもう少しうとうととまどろんでいたかった。
 でも、枕元で携帯のパープルのメール着信ランプが光っている。深夜12時半過ぎに1通届いていた。
 寝ていたので気が付かなかったのだろうか?
 急いで開いてみると、出動を知らせるメールだった。
 クロゼットの扉を開ける。
 中には、着慣れた服に混じって実家に置いてきたはずの服が掛かっていた。
 誰かがこっそり持ってきたとでも言うのだろうか? 
 迷うことなく黒の革ジャンを引っ張り出し、濃い色のサングラスをかけた。通学に使っている、クレージュの黒のボストンバッグに、黒のデジカメを突っ込んで部屋を出た。

 出動メールが来た日には、里緒奈は欠かさず駅構内を巡回する、衝動的に誰かを傷つけたい性癖を、犯罪防止に役立たせられるなんて願ってもないチャンスだから。
 とは言っても、何事も起こらない日がほとんどだ。
 普通は朝のラッシュ時間帯が終わると、そのまま大学へ行くか、さぼって繁華街をぶらついて過ごす。
 もうそろそろ引き上げようかと思って歩いていると、視界の端におやじと女子高生の姿が見えた。
 流れ行く人の波に乗ってはいるが、おやじに腕を引っ張られている少女の顔は、恐怖に歪んでいる。
 もしかしたら……?
 気付かれないように二人を追跡する。
 
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