桜の咲く頃に
「じゃ、後は頼んだわよ。あ、車椅子は、とりあえず来たときと同じように、折り畳んでトランクに入れといて」
 メリーラムがそう言うと、誰もいないはずの暗闇の中から返事が返ってきた。
「冷えてきたねえ。足元に気をつけて帰ってよ」
 滝壺に向かって背の高い人影がバシャバシャと水音を立てながら歩いていく。
 手首の群れが波を立てながらすーっと後を追っていく。
「あ、それから、明日、朝一で和菓子屋に桜の葉の納品やっとくから」
 突然、水音が止まり、暗闇の中から再び声がした。
「よろしく」
 そう言い終わると同時に、メリーラムは心の中で呟いた。
 そのうちあたしの番がやってくるんだろうな。そろそろここも潮時かなあ。次のオフ会から別の自殺スポットに移動すっか。
 下りてきた坂を戻っていく。
「うわあああーっ!」
 闇を切り裂かんばかりの絶叫が響き渡った。
 滝壺に引き込まれていくハングマンの目には、奇妙な光景が映っていた。
 頭からどくどくと血を流すウインドライダーに、白い着物姿の女がそっと寄り添っていた。

 桜 さくら。
 血を吸い上げて、
 白い花びら、
 薄紅色に、
 染め上げていく。
 桜 さくら、
 咲き乱れ。

 桜 さくら、
 朽ちることない、
 木の根元から、
 屍たちを、
 甦らせる。
 桜 さくら、
 咲き乱れ。
 
 幾分ハスキーなメリーラムの声が、不意に歌を奏でる。
 聞く者がいたなら、その心に食い込むような声が、闇に融け込んでいく。
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