桜の咲く頃に
「なるほど。それでは、少々お時間をいただきたいと思います。メリーラムさんのお陰で国家繁栄推進計画も順調に進んでいます。自殺者数が12年間連続で3万人台。更に、未遂者は自殺死亡者の10倍はいると推定されています。言うまでもなく、これは国家に大きな経済損失をもたらしています。国はこれまで対策を怠ってきまたしたが……」
「でも、あたしたちが対応できる人数は、自殺者全体から見るとほんの一握りでしょ」
 それだけ言うと、メリーラムは背を向けて歩き出す。
 本当は「そんな話はもう聞きたくないよ」とでも言いたかった。
「メリーラムさん、何事も最初はこんなものですよ。実は、本日は大切なお知らせを持って参りました」
 そう言いながら、加藤は後ろから付いていく。
「いよいよ本計画が全国各地で展開されることになりました。立花麗香さんの御遺族にも御協力をお願いして桜餅の量産化も検討中です。メリーラムさんには、今後とも自殺スポット事業と駅公衆トイレ事業の両方で、御協力宜しくお願いいたします。すでに御存知のように、駅公衆トイレ事業のほうでは、立花麗香さんのお兄さんに連絡係りとしてお手伝いいただいています、メリーラムさんが本人に直接お会いになることはありませんが。では失礼いたします」
 加藤は礼をして、足早に去っていく。
 メリーラムはその背に声を掛ける。
「でも、全国展開になって、今までと比較にならない規模で行方不明者が増え続けたら、別の問題が起こってくるような……」
「ああ、そのことなら対策をすでに検討中です。ネットで行方不明者の捜索を支援しているサイトがありますが、今後サイト管理人と話し合いを持って、掲載基準を厳しくして誰彼なしに載せないよう行政指導的な形で誘導していくことになります」
「ああ、そうなんですか。それと、どうせ自殺を止められないのなら、自殺志願者を速やかに処理して周囲への被害を最小限に留めるっていう考えにはあたしも賛成です。でも、心配なのは、死体処理は大丈夫かなってこと。もし人の目に触れるようなことがあったら……」
「そのことも御心配なく。今日も、間もなく死体処理班が到着します」
「じゃ、もう一つだけ。この計画の当初から関わってる者として、気になってたんですけど、死体ってどのように処理されてるんですか? 何らかの用途に利用されてるんでしょうけど、あたしでも教えてもらえませんよね?」
 メリーラムはぺろりと舌を出した
「それは、国家最高機密です。我々の健康促進のために有効利用されているとだけお伝えするにとどめておきましょう」
 顔色一つ変えずにきっぱりと言い切ると、メリーラムを見据えた。
「それでは今度こそ失礼します」
 加藤は踵を返した。
 
< 61 / 68 >

この作品をシェア

pagetop