桜の咲く頃に
「おい、まさか、あ、あれって……季節外れの雪じゃないよな。いや、俺らが寝入っている間に、急に冷え込んだようだし……」
 そう言いながら、小畑はしどろもどろだなと自分でも思う。
「……わかんないっす。行ってみるしかないっすよね」
 ようやく立花は口を開いた。

 ジャージ姿の男が二人夜明けの街を彷徨う。
 駐車場の車も、児童公園の遊具やベンチも、花びらが散ってしまった桜の木も、白い砂のような物質に覆われている。 
 此処彼処にカラスの死体が散らばっていた。
「そう言えば、今朝カラスの鳴き声聞こえなかったよなあ。毎朝決まって4時過ぎにうるさくて、目が覚めてしまうのになあ」
 小畑の口から白い息が舞い上がる。
「この白い砂って、毒性があるんっすかねえ。これだと最近よく耳にするカラス対策もいらないっすよね」
「立花君、変だと思わないかい? 外に出てから……人っ子一人見掛けないじゃないか」
 小畑の声が心なしか震えているのは、寒さのせいだけじゃなさそうだ。
「そう言われれば、さっきは歓声を上げて走り回る子どもの声が聞こえたのに……」
 否が応にも立花の不安が掻き立てられる。
 小畑は自分の目を疑った。
 すぐ横を歩いている立花の足が見えない。次の瞬間、下半身が透けて見えた。そして、上半身も見えなくなった。
 恐る恐る自分の足元に目を落とすと、足が消えてなくなっていた。それが小畑がこの世で最後に見た光景だった……。
 やがて、白い砂の中に埋もれていたカラスたちが、両羽を広げてバタバタさせ始めた。しばし空を舞うと、群れを成し、どこかへ飛んでいった。

 明け方頃から急に冷え込んできたのかなあ。キャミでベッドに潜り込んだときには、寒さなんて感じなかったのに。でも、こうして目が覚めた朝は、隣に誰かいてくれれば……古宮翔太タイプだったら……。
 醒め切らぬ意識の中で、阿梨沙はそんなことを思う。
 トイレに立ったとき、外から近所の子どもたちの騒ぎ声が聞こえてきた。
 日曜日の早朝なのに、何かあったのかしら?
 何の気なしにテレビをつけると、テレショップをやっていた。その後はソファにもたれて、次々と紹介される商品ををぼんやりと眺めていた。
「チャララン、チャララン、チャラララ、ラ~ン」
 突然、恐怖を呼び起こすようなチャイムが鳴ったかと思うと、緊張した声が聞こえてきた。
 
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