桜の咲く頃に
「放送中の番組をここで中断して臨時ニュースをお伝えします。関東地方の一部で本日未明、白色の砂状の物質が積もっているのが見つかりました。この物質に埋もれている多数のカラスの死体も同時に発見され、物質の人体への危険性が懸念されています。現在、厚生省では物質の分析を急いでおり、人体への影響がないことが確認されるまで、『素手で触らないように』と注意を呼び掛けています。環境庁からは、黄砂や噴火の情報もなく、物質の発生原因は現時点では不明です。
 奇しくも、本日未明2時ごろ、桜木県桜庭市にあるカルシウムタブレットやプロテインパウダー等のスポーツサプリメントを製造している工場で、爆発を伴う火災が発生しました。警察は事件との関連を慎重に調べています。引き続き、新しい情報が入り次第お伝えします」
 臨時ニュースは終了し、元の番組に戻った。
 ところが、阿梨沙は凍りついたように微動だにしない。
 目を閉じても、今し方見たものの残像がいつまでもちらつく。
 臨時ニュース放送中、アナウンサーの後ろに何やら人間らしきものが多数映っていた。そんなところに人がいるはずもないのに。そして、下半身がぼんやりと透けていた。

 その頃、加藤は事故が起きた工場に向かって車を飛ばしていた。
「日曜日だしこんなに早けりゃ道すいてるだろうから、後1時間もかからんだろうな」
 固い表情でそう呟きながらアクセルを踏み込む。
 対向車も少なく、快適なドライブが続く。
 県境を越えて桜木県に入ろうというところで、バス停が見えてきた。
 そこのベンチに見覚えのある娘が一人ぽつんと座っていた。
 加藤は思わず車を停めた。
「先日オフ会でお見受けしましたが……」
 そう言いながら胸の大きく開いたストライプスーツに見とれてしまう。
「あ、あの時は確か黒のトレンチコート着てましたよね」
 きっちりとボタンを上まで留めたスーツに、ちらりと視線を流す。
「ちょっと急いでるんですが、もしよかったら、途中まででも乗っていきませんか?」
「迷惑じゃなかったら、お願いします。始発バスまでまだしばらく時間があるので、困ってたので……」
「じゃ、どうぞご遠慮なく。行き先はどちらですか?」
 スリットからちらちらと覗く太腿から目を離すことができない。
「桜庭市です」
 加藤の目がきらりと鋭い光を放った。
 まさかこの娘もスポーツサプリメント製造工場を目指してたりして……大方、神園里緒奈の指示で動いてるのだろう。 
 加藤は助手席に乗るように勧めたが、チェリーフラワーは後部座席に乗り込む。
 しばらく車を走らせているうちに、後ろから声が聞こえなくなったことに気付き、加藤は不安になってバックミラーを覗き込む。
 娘が映っていない! 
 
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