桜の咲く頃に
 だが、早朝起床で睡魔にやられてしまったのだろうと思い過ごす。
 そのまま走っているうちに、車内は冷気に包まれた。 
 妙な胸騒ぎを覚える。
 信号待ちで後部座席を振り返ると、娘の姿はなかった!
「ひえー!」
 加藤は恐怖の悲鳴を洩らした。 
 がたがた震えながら車を発進させると、いきなり後ろから首を絞められた。
 必死に抵抗しようとしても、この世のものとは思えない力の前には成す術もなく、喉に長い爪がぐいぐいと食い込んでくる。
 薄れ行く意識の中で、次第に視界がぼやけ始める。
 加藤がこの世で最後に見たものは、バックミラーに映る血の気のない女の顔だった。
 真っ赤な口元ににやにやと笑みを浮かべていた。
 車はそのまま走り続け、赤信号で停車中の前の車に追突、瞬く間に炎と煙に包まれた。
 交差点上空では、人の形をした黒い影の群れがうごめいていた。
「ぎゃー」
「た、助けてくれー」
 群れを成して飛来したカラスは、必死の形相で逃げ惑う通行人の頭をつつき、目をえぐる。
 血を流しながら人間たちはバタバタと道に倒れていく。
 カラスたちは、視神経が垂れ血が滴る目玉をむさぼる。 
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