右手に剣を、左手に君を


「……悪いことは言わない。

渚はやめとけ」



俺にしか聞こえないような、小さな声で、健太郎は言った。


湿り気を帯びた冷たい風が、彼の髪を揺らす。



「仮の姿だろうと、ありゃあ確かに可愛いよ。

先祖の血が騒ぐだろうし、最初にチューまでしちゃったんだから、
そうなっちまうのはわかる。

俺にも責任はあるけど……」


「待てよ。何を言いたいんだ」


「だから。

人間が神様に惚れたって、しんどいだけだって」





……思考が、停止した。


目の前にいるのが誰なのか、一瞬わからなくなる。


そんな俺にお構いナシに、いつも通りのはずの健太郎が、話し続けた。



「……いつかは、離れ離れにならなきゃいけないんだから。

不老不死のあいつは海に帰って、お前は陸で歳をとる。

海神が、大事な姫を人間に渡すわけがない」


「健……」


「ごめんな。俺だって、こんなこと言いたくねえよ。

渚はもう俺達の仲間だし、出来るだけ長く、一緒にいたいけど。

コウが傷つくのだけは、見たくない」



そう言って、幼なじみは眉間にシワを寄せた。


それは、いつも冗談を言ってばかりの彼とは別の顔だった。


あぁ……。


子供の頃に、見たことがある。


俺を、本気で心配してくれるのはいつも、

ばあちゃんと、健太郎、それに雅だけだった。




「……ありがとう。わかってるよ……」



俺は何とか、それだけ返した。


笑おうとした頬が、奇妙にひきつるのを感じた。





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