右手に剣を、左手に君を


気温が上がらないまま梅雨に入ってしまった六月の神社は、ひどく寒かった。


薄着で来たのを後悔しながら、神社の境内へ向かう。


雨が、傘にあたってぽろぽろと音を立てる。



「……あ……」



途中で、アジサイが色をつけないまましなだれているのを見つけた。


そういえば、渚と一緒に、このアジサイを見たっけ。


そんな事を思い出して、頭をふる。


色恋沙汰にかまけている暇はない。


空亡を倒し、またこの町を平和な町に戻す。


もうそれしか、俺がやるべきことはない。


もう……右手に剣を持つだけでいい。


彼女を守ろうとしていた左手は、ぽかりと空いたまま。


一緒に見たかったアジサイももう、死んでしまった。


それで……いいんだ。しょうがない。



自分に言い聞かすようにして、札に霊力を送る事に集中しようとした、その時……。



「もし」



境内の外から、声が聞こえた。


空耳かと思ったそれは、鈴の鳴るような澄んだ声で……。


思わず立ち上がってしまう。


その声は……渚のものと、酷似していたから。


しかし、境内から出た俺をまっていたのは、渚ではなかった。


白い肌に、豊かな黒髪を持った、


和服姿の、知らない女だった。
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