Smoky Sweet
◆◇◆
少し──甘い香りがした。
それは情事を済ませた後の余韻に、そっと寄り添うように在る香りだった。
私がぼんやりと目を開けるといつも彼は隣にいなくて、代わりにベッド脇のガラステーブルに無造作に置かれた煙草が、視界に入る。
カーテン越しの、ベランダで一服しているだろう彼がまだ戻ってきそうにないことを確認し、スッと私はケースから1本だけそれを取り出した。
鼻に近付け、そっと息を吸い込む。
燻(いぶ)したカカオのような、そんな香り。
身体に悪いからといつも禁煙を薦めてはいるけれど、
「ここの銘柄のほろ苦くて、でもちょっと優しい甘さは、“恋”にどこか似ててな。好きなんだ」
そういったのは彼で、そんなことをさらりという彼が好きで、そんな彼の好きな香りを、私もまたいつの間にか好きになっていた。
ときどきそう喩えることで私が禁煙を強くいえなくなるように仕向けたんじゃないかと思ったりもするけれど。
まぁ、あえてそれにノッてあげてもいいかなと、今ではそんな風にも思う。
もう1本吸うつもりなのだろう、窓の向こうでライターをカチリ、と点ける音と、
「うはっ。寒……」
煙草を口に咥えているせいか、少しぼやけた彼の声。
眉をしかめて身震いをしている様を想像し、そのあまりの可愛らしさに思わず「ふふふ」と声が漏れそうになるけれど、シーツを口に当てつつなんとか堪える。
せっかく“お楽しみ”なのだ。
さっきまで“がんばって”くれた分、邪魔をしてしまうのは申し訳ない。
追加の1本を吸い終わるのが先か、寒さに負けてしまうのが先か。
どちらにせよ、もうしばらくは時間があるだろう。
私はもう一度、煙草を鼻に近付けて、そっと息を吸い込んだ。
──申し訳なさそうにそろそろとベランダから帰ってくる、愛しい彼の姿を想像して。