HAPPY CLOVER 1-好きになる理由-
 二時間目は数学だった。

 またもや舞は一生懸命ノートに向かっている。黒板とノートを往復する視線が俺のほうに向けられる気配はまるでない。

 ところが板書をとる手が突然止まった。

 顔を上げた舞は下がってきた眼鏡を元の位置へ戻す。だが、困ったような顔でそのまま黒板を見つめていた。

 ――どうしたんだろう?

 しばらく何かを考えていたようだが、その表情が変化したと思うとこちらをちらりと見た。

 ――お?

 でも舞が見たのはやっぱり俺の机の上だった。ちなみに俺の机の上には教科書しかない。元からノートを取る習慣もないし、今は舞の観察に忙しくて黒板を見ている暇がないのだ。

 それに気がついた舞はようやく目を上げて俺の顔を見た。

 みるみるうちに舞の顔に驚愕の色が広がる。

「やっとこっち見たね」

 ――この瞬間をどれほど待ち侘びたことか。

 舞は問い返すように眉をピクッとさせた。

「ずっと『いつ気がついてくれるのかな』と思ってたんだけど」

 俺はわざとゆっくり言う。いじめるつもりはないけど、こんなに待たされたんだから少しくらいはいいよね?

「一時間目からずっと見てたのにな」 

 舞のびっくりした顔がその後も何秒か続いて、それからようやく我に返ったようだ。大きく息をついて遠慮がちに口を開いた。

「えっと、板書写さないの?」

「なんで?」

 彼女の小さな声がかわいいので思わず笑顔になった。でもなぜか舞は少し気まずい表情になる。

「高橋さんこそ、なんでそんなに一生懸命ノート取ってるの?」 

 一応「高橋さん」と呼ぶ。さすがにいきなり名前で呼ぶ勇気は俺にはない。

「普通ノート取るでしょ?」

「そう? だって教科書にも書いてあるでしょ」
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