HAPPY CLOVER 1-好きになる理由-
 パンを買って教室へ戻ろうと階段を昇っていると、上から同じクラスの高梨まゆみが軽やかに降りてきた。

「高梨さん、ちょっといい?」

 トレードマークの三つ編を両手で掴んで「うん」と、俺の三段上で立ち止まる。

 俺は辺りに人影がないのを確認してから小声で言った。

「俺の隣の席の人の悪い噂って聞いたことある?」

 高梨はすぐにピンと来たらしく、ニヤリと笑顔を見せた。

「清水くんも気にしてたんだ。高橋さんがそんなヤバい人たちと友達なわけないよねー。みんな高橋さんと話したことないから勝手なこと言ってるけど、清水くんは最近仲良くしてるからわかるでしょ?」

 一瞬、反応をためらう。この高梨という女子はどこまでが天然で、どこまでが計算ずくなのかがわかりにくい。 

「じゃあ高梨さんは噂を信じていないんだ」

「うん。どうせ言い出したのはメアリーだろうし」

 メアリーというのは勿論あだ名で、同じクラスの西こずえのことだ。西が英語の教科書に出てくるメアリーという女の子の挿絵にそっくりだということで、このあだ名がついたらしい。

「西さんが?」

 俺は面白いように外跳ねしている西の髪型を思い出して、笑いをこらえるのに苦労した。

 それを見透かしたように高梨はニヤッと笑う。

「メアリーはきっと軽い気持ちで言ったと思うよ。悪気はあったと思うけど」

 ――悪気あるのかよ!

 小さくため息をつくと、高梨は階段をスキップするように降りてきて、すれ違いざまに俺の腕を二回叩いた。そして階下で振り向くと大声で言った。

「モテる男はつらいのぉ」

 俺が睨むと高梨は肩をすくめて逃げるように走り去った。
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