劣情
「可哀想…」
「でも、即戦力になる社員に育て上げる力は、確かに認めざるを得ないよな」
小さな声で囁かれる陰口にも知らん顔で、デスク上の鳴り出す電話を取る。
一言二言交わしたかと思うと、溜息を吐いて電話を切りおもむろに立ち上がる。
デスク脇のキャビネットに無造作に置かれていたジャケットを手に取り、優雅に袖を通しながら歩き出す。
「どちらへ?」
緩んでいたネクタイを締め直しながら歩く男に、近くにいた社員が声を掛けると、そちらを一瞥もせずに堅い声で返した。
「上の役員室だ、すぐ戻る」
誰にも視線を向けることなく男が出て行く。
フロアの空気が一瞬で緩むのを感じる私は、卑しい劣情を抱えながら冷酷な背中を見送った。