出会いから付き合うまで。
好きな人
 あたしと安井さんは二人並んで歩いている。そろそろ肌寒くなってくる時期、息が白くなるまではいかないまでも手を擦り付けたくなるような肌寒い風が吹いていた。そろそろダッフルが必要かなーと思っていると、安井さんの方から話しかけてきた。
「寒いねー」
「えっ、ええ、そうですね。寒いですね」
「で、どうだったの?」
「えっ! な、何がですか?」
「とぼけないで。例の彼のメアド、交換できたのかって」
「ええ、上手くいきました。お蔭様です」
「これで一歩近付いたね」
 ふふっと笑う安井さんの笑顔は大人びている。
 女の子って、こういう恋愛系の話は好きだから助かるときもあるし、困るときもあるのよね。そんなことを考えていると、あたしの家が近付いてきた。安井さんの家はもう少し先にあるから、ここでお別れだ。
「あ、じゃあ、ここで」
「うん。また明日」
「また明日」
 あたしはすぐ目の前に聳え立つ十四階建てのマンションに入っていく。ここら辺で十四階建てのマンションといえば有名だ。付近にはこれ並みの建物は商業施設以外には無い。あたしは郵便物を確認すると、セキュリティセンサーにカードキーを差し込み、普段はロックされている自動ドアを開ける。静かな音を立てて自動ドアが開いていく。あたしは澱みの無い動作でそれを潜っていく。吉本君にメール送らなきゃなぁ。あたしはエレベーターを待つ間、考えていた。でも今は送らない。家に帰り着いてから送ろう。エレベータが軽快な音と共に到着する。あたしはそれに乗って、目的の階数を押す。体が少し浮くような感覚と共に、エレベータが上昇していく。文字盤に十一階と表示され、扉が静かに開いた。
 家の玄関を開ける。ほっとする空気が流れてきた。いつでも思うけど、自宅ほどくつろげる空間は無い。自分の領域という感じがして、なんだか安心する。
 リビングのほうから生活音が聞こえる。お母さん、帰ってるんだ。あたしは声高らかに挨拶した。
「ただいま」
「あら、帰ったの。ご飯は食べてきたんでしょう」
 お母さんがリビングの扉を開けて言った。あたしはぞんざいに返事をした。
「うん」
 あたしは直ぐにでも自室に篭った。扉の向こうでお母さんがなにやら喚いているけど知ったことじゃない。あたしも大学生。バイトもしてるし、自立している大人なんだ。もう少しそっとしておいて欲しい。過保護は困る。
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