鈴姫
「こ、これ、私に?」
「お前以外に誰がそんなものを着るんだ。」
秋蛍のその答えに、呆れたような視線を向けてくる彼が気にならないほど、香蘭は胸を弾ませていた。
秋蛍から渡されたものは、撫子色の可愛い振袖だった。
香蘭は今までこんな淡い色の着物に袖を通したことがなかった。
いつも深い緑や真紅、蘭茶色といった色合いのものしか着させて貰えなかった。
初めての女の子らしい着物に、香蘭は嬉しくて頬を紅潮させた。
「この街にしばらく身を隠すことにしたから、服装はあわせないとな。お前も俺も、どう見ても庶民の恰好ではないからこのままではまずい。」
その言葉に、香蘭は顔をあげた。
「もしかして、これ、秋蛍様が調達してきてくださったんですか?」
「使えそうな娘がいたから脱がしてきた」
「え。」
「お前には似合わないと思ったが、時間がなかったからな。」
冗談なのか本当なのかわからないところがこわい。
「この宿の裏の森をちょっと入ったところに川がある。お前も汗を流してこい。臭いぞ。」
「な……!」
最後はいつも通り憎まれ口を叩いて香蘭を部屋から追い出した。
放り出された香蘭は、しぶしぶ宿の裏口から外に出て、森へ向かった。
「くさい…?」