鈴姫
秋蛍の言葉を気にして袖に鼻をつけてみたものの、自分ではわからない。
宮では湯浴みもさせてもらっていたから、そんなに自分は汚れていないはずなのに。
落ち込む香蘭の耳に、沢の涼しげな音が聞こえてきた。
顔をあげると、まだ朝早いせいで靄に包まれているものの、綺麗な水がたっぷりと流れている川が見えた。
「わあ。綺麗!」
香蘭は駆け寄り、何の迷いもなく腰紐を解いた。
するりと川原の石の上に着物を落とし、流れる水の中へ爪先をつけた。
心地よい冷たさが足元から伝わる。
香蘭はゆっくりと川の中へ身を進め、真ん中辺りで腰を下ろした。
何の濁りもない透き通った水を両手で掬いあげる。
水はしばらく香蘭の手の中で揺蕩っていたが、やがて指の間をすり抜けて消えた。
顔をあげれば、木々の間から洩れる朝の光が眩しく香蘭を照らした。
香蘭はぼんやりとしながら水音をたてて肩に水をかけた。
怖いくらい落ち着いている。
数刻前まで命を狙われて追われていたというのに、ここにいるとその恐怖も和らいでいくような気がした。
水面に視線を移せば、のんびりとした自分の顔がゆらめいている。
その顔を見つめているうちに、香蘭ははっとした。
「水鏡――…」