鈴姫
「お兄様…、ごめんなさい…」
香蘭は珀伶がいる部屋のほうを向いて、涙をこぼした。
しかしその小さな声は冷たい壁に遮られ、珀伶には届いていないだろう。
もう枯れたかと思っていた涙があとからあとから溢れて、声を殺して泣いた。
飽きることなく泣き続けていると、部屋の戸が開いた。
涙で霞む目を力なくそちらへやると、灰色の着物が視界に映り、続いて香蘭を嘲笑う男の顔が見えた。
香蘭はその男に見覚えがあった。
たいてい珀伶にくっついていて、香蘭が珀伶に会いにいこうとすると必ず邪魔をしていた男。
藤松。
「お可哀相に、香蘭姫様。よもや兄上に捕えられようとは、なんとお労しい」
香蘭は黙って藤松が言いたい放題言うのを聞いていた。
藤松は他にもいくつか嫌味らしきものを言っていたが、香蘭は深く息を吐いただけで何の怒りも覚えなかった。
「明日、お前を鈴国へ連れ帰るそうだ」
「……」
香蘭はうつろな目をちらりと藤松に向けた。
帰らなくてはならないのか、あの国に。
そう思うと、ますます心に雲がかかっていく。
鈴王の顔を思い出し、香蘭は唇を噛んだ。