鈴姫
男の言葉に、こどもたちは口を尖らせて不満そうに散っていった。
秋蛍はほっと胸を撫で下ろして、再び男に手を引かれて屋敷の奥へと進んだ。
真っ赤な紅葉が彩る美しい庭を横切り、屋敷の中へと足を踏み入れる。
男は秋蛍を広い座敷の中へ入れると、どこかへ姿を消してしまった。
何もすることがなく、真ん中でちょこんと正座をしてきょろきょろとまわりを見ていると、襖がすっと開いて、秋蛍は慌てて正面を向いた。
「あら、まあ。ずいぶんとお小さいこと」
姿を現したのは、秋蛍よりも三つほど年上にみえる、桜を散らした美しい着物に身を包んだ女の子だった。
子どもだというのに着物が霞んで見えるほどに美しい。
「よく来てくださいましたね。お疲れでしょう?」
秋蛍の前に座りながら問うた彼女に、秋蛍は素直に頷いた。
それを見た彼女は、ふふっと袖を口元にあてる。
「ごめんなさいね。体力も重要な資質なの。あなたは合格ですわ」
桜姫は姿勢を正し、真っ直ぐに秋蛍に視線を向けた。
「申し遅れました。わたしは『桜姫』。あなたは?」
「……秋蛍」
「秋蛍。これから、どうぞよろしくお願いします。……さて、わたしはもう行かなくては」
にっこりと笑って、桜姫は立ち上がった。
「ゆっくりお休みになってくださいませ」
秋蛍は座ったまま、襖を開けて出て行く桜姫を見送った。
桜姫が座敷を出て行ったあとには、花の香りが満ちていた。
心安らぐその香りに、秋蛍はそっと目を閉じた。