鈴姫
香蘭に睨まれた人物は、おかしそうに口角を引き上げた。
「何を言ってるんだ。危ないところを助けてやった恩人に、そんな口をきくなんて。本当は怖くてどうしようもなかったくせに」
「怖くなかった。むしろわくわくしてたわよ」
「腰を抜かしているくせに?」
香蘭は言い返すことが見つからず、口をパクパクさせた。
青年はくすっと笑ってから、膝をついたままの香蘭の手を取り、立ち上がらせた。
香蘭は彼の顔をじっとみつめた。
藍色の変わった瞳をもつ彼は、香蘭の腹違いの兄である。
名前は珀伶といい、この国の王子であった。
珀伶は女性のように柔らかな顔つきをしていながらも、鍛えられた身体を器用に使いこなし、この国で彼に勝るものはいないというほど強かった。
「それより香蘭。お前はまたこんなところに一人で来ていたのか」
珀伶は辺りを見回して、他に人が見当たらないことを確認すると、香蘭に呆れた声を向けた。
香蘭は頷き、むき出しのままだった短刀を鞘に納めた。
「だって、私はお兄様とは違うから。城にいたってね、私は冷たい視線を向けられるばかりで面白いことなんて一つもないのよ」
珀伶はそっぽを向いた香蘭の横顔を、何も言わずに見つめた。
王子である珀伶の妹である香蘭は、姫君ではあったが、珀伶と違い身分の卑しい母を持つ香蘭は城では疎まれていた。