鈴姫
愛慕
憂焔の先導で、香蘭たちは秋蛍のいる場所へ向かった。
王宮の奥に進むにつれて、不穏な空気が濃くなる。
渡り廊下に差し掛かったとき、突然、廊下の窓の外から黒い大きな手のようなものが現れ、香蘭の足に絡みついた。
「きゃあっ!」
「香蘭!」
珀伶と憂焔が気づいて振り返ったときには、香蘭は窓の外へ引き摺り出されようとしていた。
香蘭は咄嗟に窓枠にしがみつき、引き摺られまいと抵抗した。
二人とも香蘭を助けようと剣を引き抜いたが、また窓から手が何本も伸びてきて、それに邪魔されてなかなか香蘭のところへ辿りつけない。
「くそ!」
憂焔が忌々しげな声を出して、乱暴に黒い手を切り裂いていくが、手は次から次へと延びてきてきりがない。
「いや……」
だんだん香蘭の手の感覚がなくなっていく。
しがみついているのも限界が来て、香蘭は恐怖にぎゅっと目を瞑った。
もう駄目―――
そう思った時、何かが矢のように真っ直ぐに飛んできて、香蘭の足を掴んでいた黒い手に突き刺さる。
黒い手は、皆一瞬彫刻のように固まったあと、香蘭の足を離して音もなく離れて行った。
手の甲の辺りに、深々と剣が突き刺さっている。
憂焔たちを襲っていた手も、痺れたような動きをしながら同じように引っ込んでいった。
引き上げていく手を茫然と見送っていると、香蘭の正面に、誰かの気配を感じた。
見ると、秋蛍が香蘭に向かって手を伸ばしていた。