鈴姫
しばらくそうしていた後、秋蛍が香蘭から体を離す。
いつの間にか、手から短刀を取られていた。
取り返す間もなく、秋蛍はさっと香蘭に背を向けた。
「今、俺の他に鏡の力を解放できるのはお前しかいない。頼んだぞ」
「待って……!」
悲鳴に近い声をあげて、香蘭は秋蛍の袖をかろうじて捕まえた。
「わたし、わたしは――」
「言うな、香蘭」
そっと香蘭の手に触れて、視線を交わす。
「俺は行かなくてはならない」
一瞬だけ、苦しそうな表情を浮かべて、香蘭が伸ばした手を振り払い、秋蛍は窓枠に足をかけた。
「秋蛍さま!」
香蘭の制止の声も虚しく、秋蛍はそのまま、振り返りもせずに魔物が潜む池の中に飛び込んでしまった。
香蘭は声もなく、口元に手を当てて床に座りこんだ。
不安と、恐怖と、悲しみが香蘭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、気持ちが悪くなる。
その感情を少しでも外に出すかのように、香蘭の目からは涙が次々と零れた。
いなくなってしまう―――