鈴姫


しばらくそうしていた後、秋蛍が香蘭から体を離す。


いつの間にか、手から短刀を取られていた。

取り返す間もなく、秋蛍はさっと香蘭に背を向けた。


「今、俺の他に鏡の力を解放できるのはお前しかいない。頼んだぞ」


「待って……!」


悲鳴に近い声をあげて、香蘭は秋蛍の袖をかろうじて捕まえた。


「わたし、わたしは――」


「言うな、香蘭」


そっと香蘭の手に触れて、視線を交わす。


「俺は行かなくてはならない」


一瞬だけ、苦しそうな表情を浮かべて、香蘭が伸ばした手を振り払い、秋蛍は窓枠に足をかけた。


「秋蛍さま!」


香蘭の制止の声も虚しく、秋蛍はそのまま、振り返りもせずに魔物が潜む池の中に飛び込んでしまった。


香蘭は声もなく、口元に手を当てて床に座りこんだ。


不安と、恐怖と、悲しみが香蘭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、気持ちが悪くなる。

その感情を少しでも外に出すかのように、香蘭の目からは涙が次々と零れた。





いなくなってしまう―――



< 252 / 277 >

この作品をシェア

pagetop