鈴姫
「ねぇ、お庭を散歩しない? 綺麗な虫が飛んでいるんだよ」
香蘭がそれは素敵ね、と言うのを合図に、ハルは香蘭を引っ張って庭に連れ出した。
香蘭は夜の静かな王宮の庭を、ハルと二人歩いた。
蛍がふわふわと舞い、いくつもの光で二人の目を楽しませた。
ハルは喜んでかけまわり、目の前に飛んできた蛍を掬うようにして手の中に収めると、蛍をじっと見つめた。
蛍はハルの手の中で、けなげに光を放ち続けている。
「ねえラン」
ハルはあのあとから香蘭のことをリンとは呼ばなくなった。
ハルは顔を上げて、くりっとした目を香蘭に向けた。
「ランは、秋蛍のこと好きだったの?」
唐突なハルの質問に香蘭は目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「好きだったわ」
「それは……リンのせい?」
「惹かれはじめたきっかけはそうかもね」
ふうん、とハルは納得したように頷いている。
「そうだよね。そうじゃなきゃ、引き留めたりしないよね。リンはもう救われたんだから」
「え?」
にっこりと笑って、ハルは手を広げた。
一匹しか捕まえていなかったはずなのに、まるでその手から生まれてくるかのように蛍が次々と出てくる。
たくさんの蛍は二人のまわりを飛び交い、優雅に舞踊る。
まるで不思議な世界に迷い込んでしまったかのよう。
あまりの美しさに呆気にとられていると、ふいに、後ろに気配を感じた。
ゆっくりと振り返り、香蘭は息を飲んだ。
言葉を失くし、立ち尽くす。
そして見つけ出した。
たくさんの蛍が飛び交う中、愛しい人の姿を。
その姿が幻と消えてしまわないうちに、香蘭は駆け寄り、彼の腕の中に飛び込んだ。
二人のまわりを囲むように、ふわりふわりと蛍は舞う。
まるで彼らを祝福するかのように。