鈴姫
秋蛍の言っている意味がわからなくて、視線を秋蛍のほうへ向けると、彼はため息をついて鏡を伏せた。
「どこを見ているんだお前は」
「どこって……、鏡を見ていました」
香蘭の返事に、秋蛍は首を横に振った。
「いや。お前は鏡など見ていなかった」
今度は香蘭が首を振る。
「そんなはず、ないです。私は確かに鏡を」
「お前が見ていたのは、鏡に映ったお前の姿、だ」
真っ直ぐに目を見てそう言われて、香蘭ははっとした。
言われてみればそうだった。
鏡なんか見ていなかった。
見ているつもりで、結局は、自分のことしか見ていなかったのだ。
「すみません。その通りだわ。私は鏡を見ていなかった」
額の汗を拭い、秋蛍を見た。
「もう一度、お願いします」
秋蛍は香蘭をじっと見た。
それから頷き、伏せていた鏡を香蘭に向ける。
一瞬鏡は煌めき、香蘭は鏡と対峙した。