しあわせおばけ
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「あ…おあようございばす、三国でずけど…ゴホゴホ…」
静かな寝室で携帯電話を耳に押し当て、鼻声とハスキーボイスを装う。
就業時間直前に鳴らした俺の社内用電話に出たのは、佐伯さんだった。
「ちょっと夕べから…ゴホッ…風邪引いちゃって…悪いげど今日…ゴホゴホ…休むって伝えでおいてくでるかな」
わざとらしい演技にもかかわらず、声だけというのが案外効いたのか、佐伯さんは必要以上に心配してくれて、
『大丈夫ですか?私、夜、おかゆとか作りに行きますっ!』
と息巻いたけど、俺はなんとかそれをなだめて電話を切った。
おかゆ作りに来るって…明日香がいるとはいえ、俺、独身だぞ?
イマドキの子は、彼氏でもない男の家に簡単に上がりこんだりできるものなのか?
…それとも…いや、それはない。
「…やれやれ」
誰にともなく呟いて、俺は階下の妻のもとへ向かった。