あの場面はどこに
「まだ、やっと一冊出せただけだから。これからが本当の勝負なんだ。君を守るためには、今の俺にはまだ足りないんだ」

「今のあなたで充分私を守ってくれてる」

「もう少し待ってくれないか」

 彼の顔からお酒の赤みが消えている。

「うん。もう少しだけね」

 彼が私を抱きしめた。お酒の匂いがまだ残っていた。

「先に言っとくわ。答えはYESだからね」

 彼の笑い声が耳元で聞こえた。

「わかったよ」




 彼にプロポーズされたのは、二作目が発売されたときだった。

 結婚式は挙げず、二人で役所に婚姻届を提出して終わった。夫婦になって初めて食べたご飯は、ラーメンだった。

 小説を書くことが仕事になり始めたのと同時に彼の本が増えて、部屋が狭くなってきてしまった。

 小説を書くには色んな本や資料を読んで、調べものしたりしなくちゃいけないみたいで、大変そうだ。

 こうして今の部屋より少し広い部屋に引っ越すことになり、彼と荷物の整理を始めた。
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