午前0時、夜空の下で
第1話



「出かけるの?」

どこか頼りなく聞こえる声に呼び止められて、心は少し苦笑する。

振り返れば、彼女の母親である奈美が眉根を寄せて立っていた。

「雨、降りそうよ? ……それに、」

奈美が続きを話そうとするのを、心は笑って大丈夫だと遮った。

「お母さんってば、心配しすぎだよ。すぐに帰ってくるから。ちょっとね、佐伯さんのお屋敷に行くだけ」

不安げな母親の心配を吹き飛ばそうと、ことさら軽い口調で話す。

佐伯さんとは、六人家族の滝川家から徒歩で数分先の洋館に住んでいる老紳士だ。

心と姉の雫は幼い頃から佐伯の屋敷にある書庫を気に入り、たびたび洋館を訪ねていた。

佐伯は心の祖父母の友人であり、心たちを孫同然に可愛がっている。

独身なのか妻が先に他界してしまったのかは定かではないが、高齢であるにもかかわらず、大きな古い洋館に独りで住んでいる。

大正時代にイギリスの貴族が建てたという、木造二階建ての洒落た洋館で、一人で暮らすには広すぎた。

心の祖父はそんな佐伯を気にかけており、孫たちが佐伯の書庫に興味を示したことを知ると、迷惑をかけないようにと注意しながらも快く送り出していた。
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