午前0時、夜空の下で
美しく輝くカザリナや侍女のメイジーには不安を感じるが、それでも城に戻りたいという思いが勝った。

「……妃月さま」

そっと口にした響きが、心を温かく満たしてゆく。

軽々しく口にすることすらはばかられて、琅ではほとんど口にすることができなかった名。

密やかに囁くだけで、溢れんばかりの想いが込められたものとなった。

「今どうしていらっしゃるんだろう……」

自分でも不思議なほど、心は彼の王を求めていた。

共にいた時間は少ないにも関わらず、まるで引き寄せられるかのように彼のことばかりが頭を支配する。

優しくされれば切ないほどに全身が歓喜し、想うだけで満たされる。

人間界にいたころは、辛く苦しいほど誰かを恋しく感じたことはなかった。

今思えば淡い想いを抱いただけの、恋に恋する状態だったのだろう。

けれど彼の王は、そう、初めて会った時から――……

「……やっぱり、記憶が消えている」

初めて会った時はもちろん、黎で過ごした最初の頃の日々が思い出せなかった。
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