午前0時、夜空の下で
停められた馬車に乗り込もうとしたところで、ふと心は久遠の森を振り返る。

森の境界付近の離区で、灰狼が佇んでいた。

心と目が合うと、迷う背中を押すかのように美しい尾を揺らす。

心は深く頭を下げると、最後にもう一度灰狼を見つめ、馬車に乗り込んだ。



馬車から外を覗けば、安穏とした風景が目に入った。

国民たちはこれから王が殺されることも、新たな王が女王であることも知らないのだ。

決して国内が荒れているわけではない。

むしろ琅と比べれば、黎がどれほど恵まれているかがわかる。

妃月の治世を生きる国民たちは、幸せそうだった。

王の機嫌に左右される空は今日も曇っていたが、道端で空腹のあまり倒れる子どもも、檻の中で空ろな表情を見せる奴隷もいない。

流れゆく景色を目に焼きつけ、心は膝に置いた剣を強く抱き締めた。
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