君がいた夏



先輩の笑顔だけ。



もう一度

一度でいい

菜穂ちゃんって呼んでほしい
頭をなでてほしい
抱き締めてほしいよ

「・・・・優陽先輩・・・」
「・・・」

小さく呟いた名前

“会いたい”

続く言葉は飲み込んで私は起き上がる

その瞬間
私の頭をなでていた歩の手が私を引き寄せた

「歩?」
「・・・・菜穂、何も聞かないから何も聞かないで」
「・・・うん」
「ごめんな・・・」

温もりに包まれた私はただ抱き締められていた

大きな手が私の頭を撫でるように優しく動く

「・・・無理しなくていいんだよ。菜穂が思ったことを、そのまま受け止めてやればいい」
「・・・・うん」
「好きなやつに大切な人がいても、諦められないなら、諦めなくていい」

そう言った歩の手に力が入る

「・・・自分に言い聞かせてるようなもんだけど」
「え?」

あまりにも声が小さくて聞き取れなかった

「なんでもねぇよ」
「・・・」

そう笑った歩はすごく切なそうだった

「歩」
「あー、いた!」

その時ふいに声が聞こえた
ドアに女の子が立っている

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