威鶴の瞳
「はい、妹の依鶴ですが」
そう答えたのに、姉は言う。
「ち、違うよ。こんな子知らない」
「……千鶴?」
「それよりはやく、お父さんとお母さんに結婚の報告しなきゃ。ね?靴がないから今日はいない日だけど──あなたは早く出て行って」
キッと睨みつけてくる瞳。
あの頃には向けてこなかった、まっすぐな瞳。
無意識のうちに、その過去を探ってしまい、ある一点を見て、身が凍った。
一年前くらいに、姉の千鶴は事故で入院。
頭を打っていた。
──それ以前の記憶は、私の顔だけにモヤがかかっていた。
姉は、事故を境に、私を消去していた。
まるで後頭部を鈍器でなぐられたような衝撃が走り、次の瞬間には、私の意志ではない『何か』によって、走らされていた。
私の世界でただ1人、ただ1人だけ、私を認識していた姉が、私を消去した。
そのショックは私が思っていた以上に大きくて、苦しくて、逃げたくて、痛くて。
走っている体は熱くて、背筋が凍るほどに怖くて。
嫌だイヤだいやだ──必要のない人間となったことが、それまでの自分の世界を壊した──。