眠り姫の唇
仕事の帰り道。
フラッと岩城宅に寄ってみようと瑠香は思い立った。
いつもと違うホームで降りて、いつもと違う道を行く。
なんで本人がいない部屋に寄ろうなんて思ったんだろう。
この道を歩くのは二回目だ。
ハイヒールをコツコツ言わせてツルッと光る灰色の廊下を歩く。
…相変わらず綺麗なマンション。
岩城はずっとここに住むのだろうか。
あの日、もたれかかっていた扉の前に瑠香は立つ。
水色のキーケースから真新しい銀に光る鍵を取り出した。
「(初めて使うな…。)」
カチャンと新鮮な音がして、扉をゆっくり開ける。
開けると同時に、既に懐かしく感じる岩城の匂いがした。
バッグを部屋のすみに置いて、いつものソファーにダイブする。
「……。」
一人でこの部屋にいるなんて、初めてかもしれない。
薄暗くなってきた外を見て、瑠香はとりあえずストッキングを脱いだ。