恋涙

ユリとの約束の日の前日、私は重い気持ちで仕事をしてた。


レジの前でぼーっと作業をしていると、店のドアが開いた。


「いらっしゃいませ。」


ふと視線を上げると、そこにいたのは久保さんだった。


自然と驚きはしなかった。


そのときの感覚をどう表現していいのかわからないんだけど・・・


目の前にいる久保さんを見て、「あ、こういうことなんだな。」って思った。


言い換えれば、「この人は私にとって出会うべき人なんだな。」って思ったの。



だけど久保さんが私の存在に気づいているか分からなかったし、声をかける勇気もなかった。



だから私はあえて久保さんに話しかけることもしなかった。



お会計が終わって、店の前でお客様をお見送りするのは私の役目。


久保さんは車のドアを開けて、上司を乗せていた。


上司が乗ったのを確認してドアを閉めると、久保さんが私に会釈をした。


「ありがとうございました。またお待ちしております。」


私はそう言ってから頭を下げた。


顔を上げると久保さんは運転席に向かおうと私に背を向けていた。



その背中を見届けていると、久保さんは二、三歩あるいたところで振り返って私の方に近づいてきた。



「及川さん。」


その近さに少しどきっとした。

「は・・い。」


「今日、上司を送ってきたあと、終わるのを待っててもいいですか?」


「え・・はい。」


そう返事をするのでいっぱいいっぱいだった。





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