恋涙
私は久保さんの会社の部屋には行きたくなかった。
だからほとんど料理は後輩に出してもらっていた。
料理もほとんど終わり、飲み物のオーダーのほうが多くなってきた頃、「すいません」とお客様の声がした。
「はい、只今お伺いいたします。」と声をかけホールに出ると、呼んでいたのは久保さんの会社の部屋だった。
あいにく後輩が別の部屋に行っていて、私は仕方なく部屋に足を運んだ。
「大変お待たせいたしました。お伺いいたします。」
注文を受けようと部屋のドアを開けると、奥のほうに久保さんがいるのが見えた。
久保さんは姿を見せなかった私がいないものだと思っていたのか少し驚いた表情をしていた。
私は久保さんの目は見ずに飲み物の注文を受けると部屋を後にした。
部屋のドアを閉めると、ため息が出た。
飲み物を作り、次の料理と一緒に私はもう一度久保さんのいる部屋に向かうことになった。
「失礼いたします。」
私はふすまをノックして部屋に入った。
最初に飲み物を渡し、次に一人ずつ料理を出していった。
三人目くらいのお客様に料理を出していたときだった。
「及川さん!」
急に大きな声で自分の名前が呼ばれ、私はびっくりして顔をあげた。
そこには久保さんが立っていた。
私は反応に困ってただ彼を見ていた。
他の社員さんたちもあまりの突然さに沈黙し、部屋の中には重い空気が流れていた。