恋涙

夕食の時間になって、私たちは部屋に戻った。


「潮風で髪がベタベタする。」


私は両手で髪をまとめた。


「夕食の前にお風呂入る?」


「うーん。あ、せっかくだし、家族風呂行こうよ!」


屋上の展望露天風呂には二つの家族風呂があった。


夕食の時間帯は比較的空いているから、そこが狙い目だって仲居さんが教えてくれた。


久保さんがすぐにフロントに連絡すると、運よく今の時間帯は誰も予約していなかった。


「きっとここの展望露天風呂はすごいよ。真下が海だから。」


久保さんもウキウキしながら準備をした。


フロントで鍵を預かり、展望家族風呂のドアを開けると、五人くらいが入れるような岩風呂と、大海原が見えた。



「うわーすごーい!ここ、私たちが貸し切りなのよね?」


私は浴衣を脱がずにお風呂のドアを開けた。



「ほんとすごいなー。さ、早く入ろう。夕食まで時間がないよ。」



久保さんは私の頭をポンっと叩いた。


「んんー気持ちいい~。」


夕日が完全に沈んだ外は、海ならではの灯台の明かりや、船の明かりで幻想的な世界を演出していた。



「あー俺、プライベートでの旅行なんて大学の時以来かも・・」


「え、そうなの?」


「あとは社員旅行とか、行きたくもない旅行ばっか。上司の宴会に付き合わされたり・・・」


久保さんは両手を組んで空に向かって背伸びした。


久保さんの大学時代か・・・



彼の過去を一度も聞いたことない。


37年間の人生の中で、彼に関わった人はどれくらいいるんだろう。


きっと私の前にも「彼女」っていう存在がいて、大切にしていた人がいたんだろうな。


私が生まれてくるまでの16年間、彼はどんな風に生きていたんだろう。


まだまだ知らないこと、知りたいことたくさんある。


だけど、それを一生聞こうとは思わない。
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