恋涙

「おはよう、起きて。遅刻するよ。」

いつもと変わらない朝だ。

彼を会社に送り出す最後の朝なのに、そんな感じはしなかった。


「おはよ・・・。」

彼は朝からコーヒーなんて飲まない。パンを食べない人だから、朝食にコーヒーなんて優雅なもんじゃないんだ。


新聞を読みながら朝ご飯を食べられるのが私は嫌だから、そこはきちんと守ってる。

朝食を食べ終えるとスーツに着替え、当たり前のように玄関先で見送る。


「今日は送別会よろしくな。帰り、待ってるから一緒に帰ろう。」

「うん、気をつけてね。行ってらっしゃい。」

「行ってきます。」


玄関が閉まると、ベランダに移動して手を振る。

それも今までと変わらなかった。


これが最後だって心の中ではずっと思っていたけど、最後の「行ってらっしゃい」を言っても、涙は出なかった。


彼が出勤したあと、明日には出ていくアパートを掃除した。

お互い、だいたいの荷物はまとめていて、私も自分の荷物を車で実家に運んだ。


なにもなくなった部屋を見て、今までの生活を思い返した。


初めて彼の部屋泊まった日のこと

初めてご飯をつくった日のこと

ベランダでビールを飲んだこと

ケンカをしたこと

朝まで話をしたこと

彼の涙を見たこと・・・


全てがもう戻らない日々だった。
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